2001年 4月27日 金曜日

 土下座して謝る


   自分の席を外して貴人に平伏することを「下座」といい、地面に平伏する場合を「土下座」という、と『国語大辞典』(小学館)は説明する。テレビドラマ『水戸黄門』で印籠が掲げられた直後のシーンがこの土下座であろう。

 しかし、この辞書の別のところでは「土下座」が「大名や貴人が通行する際などに、一般の人が路上にひざまづいて礼をすること」と説明されている。こちらも時代劇の大名行列のシーンでよく見かける礼法だ。 

「土下座して謝る」ことを英語では”fall on one's knees to ask for pardon”(両ひざをついて許しを乞う)というのだそうだが、これは「大名行列」のほうの土下座に近いのであろう。

 2000年12月21日付朝日新聞がドイツの「土下座」外交を報じていた。

1970年12月 ブラント西ドイツ首相がポーランドの首都ワルシャワを訪れ、国交正常化条約を結んだ。首相はユダヤ人ゲットー(居住区)跡の慰霊碑に献花したあと、地面にひざまずきうなだれた。首相は後に側近に「花の贈呈だけでは物足りないという気持ちだった」と語った。
2000年12月6日 シュレーダー・ドイツ首相はこのゲットー跡に設けられた「慰霊碑にひざまずくブラント」記念碑の除幕式に出席した。

 忘暮楼は10数年前、韓国プサンで友人とともに、とあるイカガワシイ飲み屋に連れこまれて何十万ウォンか吹っかけられたことがある。あとで地元の人に確かめたところその手の飲み屋では普通の額だったそうだが、それとは知らない我々は二時間くらいもめまくった。

 私たちをそこへ案内した客引きを呼びつけ抗議した。客引きの青年が「ヨグルハジマーセヨ(悪態をつかないで下さい)」とこぼしたほどいろいろひどいことを言って値切ったのだったが、途中で彼が堪忍袋の尾が切れたような口調で、「それでは言うけどあなた方は植民地時代この韓国で何をしたんですか」と叫んだ。忘暮楼はこれにはちょっとひるんでしまった。

 これを「歴史カード」という。

 日本は近隣諸国からよくこの「歴史カード」を切られる。その度に殊勝なことをいうのだが、反省が本物ではないのですぐに馬脚を現す。そこでまた「歴史カード」の有効期限が延長される。

 しかし、ドイツはポーランドから「歴史カード」を切られたことはないそうだ。どのポーランド人も「ドイツが何度も自ら謝罪するから、ポーランドからそれを求める必要はない」というのだそうだ。