2001年 4月4日 水曜日

 4月が年度始めになったわけ


   今日の地方紙に神津十月が「なぜ4月が年度始め?」というエッセイを書いていた。彼女がアメリカ留学中に同級生の学生から「なぜ、日本は四月が年度始めなのか」と聞かれてことばに詰まった。

「手紙で父に聞いてみると『日本もかつては9月が新学期だった。』、1886(明治19)年にそれまで1月だった日本軍の徴兵が4月に変更され、それにともない学校も9月だった入学を4月に変更したらしい…というのである。これには驚いた。…中略…しかし、なぜ日本軍が4月に徴兵月を変更したのかは、父もしらべきれなかったらしく触れていなかった。云々」

 愛娘を喜ばせてやろうとあれこれ書物を開いて調べている神津善行さんの姿が彷彿して楽しい文章である。それはともかく、手もとの『学校ことはじめ事典』(斉藤秀夫著 小学館 1987)がこの間の事情を解説している。

 当時、軍人勅諭の化身・陸軍と、片や、教育勅語の化身・東京高等師範学校が人材獲得競争を展開していた。学年始期を最初に4月にしたのは、この東京高等師範学校だった。翌々年、文部省の指示で府県立尋常師範学校も4月を年度始めとした。当時文部省はこの指示の理由を次のように説明していたそうだ。

  1. 陸軍が従来の9月基点の届けで期日を4月基点に移すことにして、1886年12月に「徴兵令」を改正した(いまで言う「青田刈り」のようなものだろう)ことに対応するため。

  2. さらに、同じ1886(明治19)年から国や県の会計年度が、7月〜翌年6月から、4月から翌年3月に改定されたため。

  3. 従来、学年末試験が蒸し暑い6月中下旬で学生の健康上よくなかったから。

 制度改定の理由は概してインチキなもので、3%消費税などは高齢化社会に対応するための税制というふれこみであったが今では誰も信じない。中選挙制がまたぞろ復活される気配であるが、「金のかからない」「政党本位」の選挙という小選挙区制移行強行の理屈もインチキだった。

 そうするとこの三つの理由も眉唾は必定で、この本の著者も、@帝国大学は4月年度始めに追随しなかったこと、A試験時期も、蒸し暑い6月から寒さ厳しい2月〜3月に移行するだけで五十歩百歩であること、を挙げて、3などは「付け足しの理由だった。要するに、軍と役人の都合で4月に決められたということになる」と結論している。

 ということなのだが、いまだどこか説得力を欠くところがある。1886年がどのような年だったのか、もう少し勉強をしてみる必要がありそうだ。