2001年 2月8日 木曜日

 学習ノート
生徒の集団虐待と学校の責任 3
学校の責任が問われなかった例


  采女 博文さんの 『いじめと人権--いじめ裁判例を読む』 【1995年度鹿児島大学公開講座 リカレント法律学−人権− 】(法学科主催) の学習ノートの続きです。全文はここの『イジメ根絶のページ』の上記論文を見てください。


5 学校の責任が問われなかった例

 いじめ事件に遭遇した際に、教師らはどのように対応すべきか。教師・学校側に対して求められる行為規範について考えてみる。

 裁判例では、いじめによる被害生徒の心身の受傷あるいは自殺に対して学校側に過失があるかないかの判断の際に、その論理的な前提として学校側が尽くすべき注意義務ないし行為義務が論じられている(国賠法一条、民法七一五条、民法七〇九条参照)。

 まず、いじめとの関係で学校側の責任が否定されている事例をみておく。

判決【1】は、

級友から繰り返し恐喝・暴行を受け、このことを父親を通して担当教諭に通報した直後に、逆に加害生徒らによって脅迫されて自殺した事件
判決では、自殺は人の内心に深くかかわるものであって、他人がこれを予見するということは極めて困難なことであるから、自殺を予見し防止措置をとることがなかった担任教諭の過失を否定し、国家賠償請求を棄却した。
しかし、被害生徒の自殺が父親の学校側への通報の二日後と日時が接近していることや、「高校生」の自殺という要素があるが、加害生徒によって被害者は逆に窃盗の罪まで着せられそうになっているし、このことを学校側は知っていた。
したがって、学校側の手落ちないし、軽率さがあったのではないかという疑問は拭いきれない。「双方の動静をもっと細かく観察して」いたならば、自殺という最悪の結果は避けられたと思われる。

判決【4】は、

小学校入学直後からいじめが始まり、11月には後頭部殴打事件が発生し、小児神経症にかかり、登校拒否を経て、転校した事件
担任教諭は、殴打事件後、原告の母親からいじめについての話を聞かされた後は、いじめ防止のための措置をとっていたとして、教師の過失は否定されている。
判決の事実認定によると、殴打事件前には被害児童本人からも母親からもいじめに関する訴えはなかったとされている。また、事件後は、担任教諭は児童が受診していた医者の意見も聞くなどして被害児童の様子を観察し対応している。観察ノートもあるようだ。

 

判決【7】は、

被害生徒が中学三年生当時、同級生からの度重なるいじめによって自律神経失調症にかかり登校拒否に至った事件
この事件に関して教師の側の安全配慮義務違反ないし安全確保義務違反はないとされている。ナイフ事件についても、凶器が使用された悪質な事件であるが、数人の教諭が加害者に暴力行為をしないように指導し、学年会等において取り組みもなされているから、「確かに右指導の効果には疑問がないわけではないが、同原告の身体的被害が比較的軽微であり、その後同原告に変わった様子が見られなかったこと等に照らし、学校側の当時の対応に手落ちがあったとは認められない」としている。
また、登校拒否後の被告の対応については「もっとも、その対応が、いじめ問題を抜本的になくするという観点よりは、やや表面的であり、……理想論からすれば適切な対応がなされたかどうかという点において疑問がないとはいえない」と判断している。

 

判決【9】は

同級生から二回にわたって殴る蹴るの暴行を受けた被害生徒が教諭に訴え、教諭は加害生徒を説諭したが、加害生徒はさらに報復的な暴行を加えた(木曜日)。再度指導説諭がなされたが、この間に被害生徒は一時行方不明となった後(金曜日)、再び登校し(月曜日)学校内で自殺した事件。
裁判所は、学校側の責任を問うためには、加害行為当時において学校側に予見可能性が必要であるとしたうえで、学校側の予見可能性を否定している。当初の加害行為から六日後の自殺ということが判決に影響しているように思われる。
判決は学校側の法的な義務における落ち度はなかったとしていますが、つぎのようにも述べている。「被告としては、損害賠償法上の責任はともかく、この種の事件に対する教育機関としての対応について、他によりよい方策がなかったものかどうか、孤立しがちな生徒のあやうい心情をもっと日常的に思いやることはできなかったものかどうかを、さらに検討模索する必要があるように思われる」。