2001年 1月24日 水曜日

 春歌


   1月21日付朝日新聞で有馬敲(ありまたかし)さんの『春歌・替え歌を生む時代』が載っていた。タイトルを見て大いに期待したのだが、読んでみると、

 
 
 「抑圧された時代ほど、替え歌や春歌の傑作が多い」。抑圧された時代であるはずのIT(情報技術)時代の今日、いまだ傑作が生まれていない。今後に期待する。
 
といったぼんやりした内容であった。けだし、筆者有馬さんが最近評論『替歌研究』と上梓されたのでその縁で書かれた文章なのであろう。それはともかく、この本はさっそく読んでみようと思う。この分野の著作は意外と少ないのである。

 初めて「一つ出たホイのヨサホイのホイ」を聞いたのは大学の寮(もと陸軍の馬小屋だったらしいが、その名は桐花寮。女子寮といっても通りそうな名前だった。)での飲み会だった。新入生歓迎コンパの会場で、寮の先輩たちや高校生の頃から柔道部などでこの手の歌に親しんでいた新入生たちが、次々と歌いつなぐ春歌の見事な展開に心底感嘆しながら手を打ったものだった。

 忘暮楼のWebsiteのなかに、パスワードが必要なファイルが一つだけある。それが「春歌」のページだ。有馬さんによれば『広辞苑』も1998年の第5版から「春歌」を日本語として認知したらしいので、この際、パスワードをばらしてしまおうか。

 パスワードは桐花寮の歌ということで「tokaryo」としている。このジャンルに興味のある人は、ここをクリックして 2-19Y歌 (^^;) から  tokaryo と入力してみらるるがよろしかろう。ちょっとひどいのも unexpurgated(アネクスパゲイテッド) で出ているので取り扱いに注意されたし(どう注意すればいいのかしらん……ま、今日の日記を読んでいただいた人の特典!?ということですわ)。