2001年 1月14日 日曜日

 遺言を思う


   授業は漱石の『心』にはいった。教科書に取られている文章は、「下 先生と遺言」の一部で『心』全体の10%にも足らない部分であるが、読後の印象にはやはり重いものがある。『心』の「先生」の遺書は、「私」に書かれたいわば自殺の事情についての報告である。

 一般に、自殺者が残す書置きはある種の報告であることが多いように思われる。自殺するものの目的が死そのもの、この世での人間関係から脱出することそのものにあるのであれば、彼/彼女は黙って死んでいくはずである。あるいは、書き残すとしても、自分の死を悲しむに違いない人々への別れの言葉、あるいは、愛情を注いでもらった人々への感謝のことば、となるはずである。

 しかし、彼/彼女の多くは、それ以上の何かを、便箋であるとかノートの端であるとかに短く書きつける。その場合の彼/彼女の死は、この世から自分を抹消すること以上の何か別の目的があったと考えるべきであろう。

例えば、彼/彼女が生きている最後の時間を使って「なにもかもいやになった」とだけ書きつけたとしよう。その場合、彼/彼女は何が言いたかったとかんがえるべきだろうか。

 我々がまず読み取るべきことは、この死が、衝動や発作によるものではなく、彼/彼女が考えに考え抜いて到達した帰結だ、という点であろう。そしてここが大切なのだが、この「なにもかもいやになった」というメッセージは、自分の死の「意味」を伝えるものであって、自分が死に至った「理由」を述べているものではないという点だろう。なぜなら、自殺はつねに、主観的には全面的な絶望の表現であり、絶望の告白であるからである。この遺書を書いているとき、彼/彼女の心はいち早くすでに死んでいるのである。

 この事情は、ある日自分の日記に「やる気が沸いてきた」と書きつけ、翌日からある努力を始めた人を考えれば分かりやすい。このとき、「やる気が沸いてきた」ということは、さまざまな出来事を経て到達した帰結であって、開始された努力の原因ではない。「やる気が沸いてきた」ということがすなわち「努力の開始」なのである。

 「やる気が沸いてきた」原因は調べればわかるし、調べなければ分からない。同様に、「なにもかもいやになった」原因も調べれば分かるし、調べなければ分からない。その原因は、複合なものかも知れないが、たった一つの事柄かもしれない。人間はたった一つの事柄によって「なにもかもいやになる」ことがあるということは誰もが知っていることである。

 昨日紹介した10数年前の卒業生の場合は、簡単な遺書すらなかったと記憶するが。しかし、新入社員代表の挨拶が非常な重荷になっていたことを親にもしきりこぼしていたそうだし、何よりも自殺の決行が入社式の早朝であったことから、彼の自殺の原因が推定されたのである。この推定は間違っていなかったと思う。両親はこの自殺を本人の性格に帰着させたのであろうか、こうしたプレッシャーに堪えるだけの力を身に付けさせることの出来なかった学校教育を告発することはなかったが、学校は道義的責任を感じるべきであったのだ。