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生徒中卒者減少期に突入した年の活動方針
組合活動の原則は?
教職員の生命と健康を守る闘いが始まった
「あなたも選抜に入れる」の破綻
教頭の公選か、教頭の新任投票か
協定は文書化せよ
私学を語る会スタート

1989年度
新田教員組合活動方針

一 はじめに 新田高等学校教員組合の20年を振り返って

 

 新田教組が創立されたのは、1969年(昭和44)5月9日でした。

ご承知の通り、この組合は、入試手当(本俸の10%)支給をめぐる学園側の約束不履行にたいする対抗措置(「強力な法的組織」を作る)として、当時の教職員協議会(名誉会長は校長、会長は当時の教頭、全員加盟制)の手で設立されました。

 その後創立大会で選ばれた組合長が辞任を申し出、3日後に第二回組合総会が開かれました。この席で副組合長(当時教務部長、後に教頭)から口頭で、 

  • 組合は伝家の宝刀であり、教職員協議会で解決出来ない時だけ前面にでること、
  • 外部団体とは関係を持たない、
 という二つの活動原則が提案され承認されましたが、この提案は三役会の検討も経ずに出されたもので、組合規約を有名無実にして組合の日常活動を厳しく制限しようとするものでした。

 組合創立より四年後、1973年(昭和48)5月29日に開かれた定期大会で   

  • 新田教員組合は新田教職員協議会から独立し、独自の活動を進める。
  • 新田教員組合は、他校の教職員との交流・連携を進める
 という二つの活動原則が提起され、激論のすえ圧倒的多数の支持で可決されました。

 こうして組合は、理事会との団体交渉など、労働組合法と組合規約に基づく「強力な法的組織」としての組合活動を開始したのです。

 新田教員組合創立20周年にあたり、また生徒急減期に突入する時点に立って、この間の新田教員組合の活動を振り返り今後の組合活動の教訓とすべき諸点をまとめておきたい思います。   

  • 組合が組合本来の任務を遂行するためには、経営者や管理職者の干渉を許さない、自主的な組合でなければならないこと。
    組合の中に分裂が生じる時には、たいてい経営者サイドからの干渉がある」ということは労働組合運動における一般的な法則です。
  • 組合員の団結は、組合の力の源泉であるだけでなく、学校全体の団結の基礎であること。   
  • 少数意見から学びつつ運営する」・「全組合員が大会での活動方針決定に参画する」等の組合民主主義を貫くこと。   
    組合の中の少数意見は、多数意見に属する人自身の心の中での少数意見でもあることがほとんどです。自分を裏切らないためにも無用の対立を避けるためにも少数意見の尊重が大切です。
  • 組合員の政党支持の自由を保障し、組合として特定の政党を支持しないこと。
    この点はあまり目立たないかも知れませんが、新田教員組合の団結を守る上で大事なことでした。
  • 私学は一つという立場で問題に取り組むこと
       
二 職場をめぐる情勢
 

1 教職員の生命と健康にたいする学内理事の対応

 昨年の定期大会以降、職場では10数名の入院者を出し、衛藤先生、末富先生、玉井先生の3名を失ってしまいした。無念と悲嘆、痛恨と憤りに満たされた1年間でした。

 労働安全衛生法も学校保健法も労働者や教職員の健康管理に関して細かい基準を定めております。法律家である学園理事長が法律に従って教職員の健康管理をきちんとしてくれておれば、もっとはやく発見できたにちがいないと思われるケースも少なくありませんでした。

 団体交渉の過程で明らかになったことですが、理事長は、50人以上の労働者を雇用する経営者が必ず遵守しなければならない労働安全衛生法の内容を研究していなかったのです。

 しかも、周知のとおり、理事長はこの法律違反について、いまだ一度たりとも教職員に謝罪をしておりません。謝罪をしないどころか、本年度の労働協約締結に際して、「労働安全衛生法および学校保健法の遵守」についての合意を協定の中に入れることに反対すらしたのでした。自らの責任を真摯に直視しようとしない姑息な姿勢が感じられます。

 また、学内理事である事務長が、労働基準局から労災不認定の決定が出るまで私学共済の遺族年金の手続きを放置していたという事実がありました。組合の調査の結果、労災認定が出る前でも私学共済の手続きが出来ることがわかりましたが、事務長が本当に遺族の立場にたって調べてくれていたらこれくらいのことはすぐ分かったでしょう。

 衛藤先生の死亡の労災適用問題についても、認定者は労働基準局であるとはいえ、当事者の学園の対応も誠意あるものとは認めがたいものでした。校長は、遺族にたいして「庭球部は学園の指示に反する交通手段を使ったのだから学校には責任は無い」と言い渡していますが、校長のこのような姿勢は労働基準局の労災不認定決定(現在再審請求中)にすくなからぬ影響を与えていると思われます。学校長が「校務」または「校務に準ずるもの」と認定するかどうかは、労働基準局の「業務上死亡」認定に影響を与えずにはおられないと思われるからです。

 労災申請にあたっても、遺族は当然「労災遺族年金」を請求しようとしていたのですが、事務長は、申請当事者である遺族との相談なしに「医療給付」申請をするといった非常識な対応をし、組合の抗議の結果、遺族に謝罪するといった一幕もありました。

 学園は団交での合意に基づいて協定書締結を待たずにいくつかの分野で教職員の健康保持のための改善を実施しています。組合員からの要求の強かった「人間ドック」、労働安全衛生法に基づく「産業医(ヘルスカウンセラーと称している)」、教職員の健康診断についての統計記録係の任命などがそれですが、かんじんの「衛生管理責任者」の任命や「衛生委員会(組合の代表も入る)」の設置が放置されているため、本来生徒の健康問題に専門的に携わるべき保健係が教職員の健康問題をも取り扱うとか、養護教諭の仕事が過大になっているとかの問題が生じています。

 理事長、校長、事務長の学内3理事の教職員の生命と健康にたいする誠意ある対応が望まれます。  

2 曲がり角の「男女共学」

 教育条件における学内格差(時間講師の配置における科間の不平等は目に余る現状であるし、商業科には印刷機がなく、玉井先生のご遺族からのご寄付があるまでビデオもなかった)を前提として、特進クラスの生徒にあきれるほどの小人数授業を実施し、これを中学校向けの宣伝材料にしています。

 普通科「国公立コース」破綻の後、その立て直し策としての「あなたも選抜クラスに入れる」を売り物にした奇形的な男女共学強行、そして無責任ななしくずし的軌道変更など、一般教員の頭越しに進められる経営方針の変更が続いています。

 男女共学について、「あなたも選抜クラスに入れる」という募集方針は入学後2年目以降については既に破たんしており、成績不振者は一般クラスに編入するほかなくなっている現状を踏まえて、女子生徒を含めてすべての生徒の成長を保障出来る体制をつくるために、本校における男女共学の今後のありかたを明確にすべきときがきていると思われます。  

3 生徒数急減期の諸課題と「私学はひとつ」の立場

(1)生徒急減期特別助成など私学助成の改善

 愛媛県下の中学卒業者数の推移は以下のように予想されています。(  )内は男子生徒数です。          
平成1年 25,300(13,000) 2年 25,300(13,000) 3年 23,300(12,000)
4年 22,900(11,700) 5年 21,600(11,100) 6年 21,500(11,200)
7年 20,700(10,800) 8年 20,200(10,500) 9年 18,600( 9,600)

このように、9年後の県下の中学卒業者数は、今年の中学卒業者より6,700人(3,400人)減少すると予想され、単純に計算すると、一学年450人の県立高校15校分の減少という大変な事態です。

 私学経営者は78:22という公私の収容比率に望みをかけているようですが、公立側が募集定員を減らしていくことは父母県民の要求に反することですから、このような公私の収容比率は必ず破たんするに違いありません。
 このような状況のもとで、生徒急減期を私学新時代としてたくましく創造的に生き抜いて行くためには、
  • (ア)七校で1,000万円で据えおきされている松山市の私学助成の大幅増額。生徒急減期対策としてのサクラメント基金なみの「私学教育振興基金」の新設
  • (イ)退職金社団への愛媛県の補助(定額)の増額
  • (ウ)40人〜35人学級実現・学級数の適正化・授業料補助を内容とする国・県の「急減期特別助成」の実現
    などによって、学費と教育条件の公私格差の縮小を図ることが何よりも重要でしょう。

(2) 私学教育の存在意義についての理解を県民に広げること

 私学の教育力についての父母県民の信頼獲得のために、国や自治体に対するはたらきかけを強めるとともに、父母や生徒・卒業生に「私学ファン」になってもらうための努力を強めて行く必要があります。この分野ではPTA活動の活性化が重要性を増していると同時に、父母と教師の自主的な交流組織である「私学を語る会」の活動を発展させることの意義もまた高まっています。

(3) 私学共済の改悪をくい止めること

 私学共済年金制度を含めた全ての年金制度の改悪が進められています。  私学共済の改悪内容は、全国私教連の資料によれば次のとおりです。  《年金ー長期》関係
  • (ア)年金支給年齢の65才繰り下げ
  • (イ)掛け金の引き上げ問題
  • (ウ)旧国鉄共済年金救済のための30億円持ち出し
《医療ー短期》関係
  • (ア)平均16,000円以上の掛け金引き上げ
  • (イ)1990年には本人負担2割の改悪
 「講師」制度の堅持とともに私学教職員の生涯設計にかかわる問題として重視する必要があります。

(4) 公立中学校の進路指導における私学差別の解消

  

「こんな成績だと私立しか行けんぞ」といった指導をなくし、私学へ行く子も公立へ行く子もともに希望をもって卒業することができるような進路指導へ転換させること。この問題は生徒達が体験している差別問題でもあり、同和教育の場でもとりあげる必要があります。

 また、中学の進路指導における私学差別、それを助長している松山地域に根強い私学蔑視傾向によって、胸をはって歩くことが出来ないでいる父母も少なくありません。過大な学費負担の軽減とともに解決しなければならない課題のひとつです。

 これら私学の今後に深くかかわる課題は、いずれも、「私学は一つ」を旗印に取り組まねばならないものばかりです。私学経営者のいう「戦国時代説」「一校生き残り政策」は、このような重要課題の解決にとっては無力というより有害ですらあり私学教育と私学教職員の未来を損なうものです。

私達は「私学は一つ」を合言葉として愛媛私教連結成を成功させ、広範な私学教職員のちからを結集してこれらの課題の解決に取り組みたいと思います。

三 本年度の活動のまとめ
 

(1)教職員の健康問題を中心に

 わずか1年の間に3名の同僚を失ってしまいました。一年前、新田教職員組合副委員長として地道な調査活動で正教員削減の実態を明らかにし、この数年の労働強化の原因を初めて指摘してくれた衛藤由章先生が、あんな形で不帰の人となってしました。まことに痛恨の極みと言わねばなりません。そして、末富先生、玉井先生。 

我々がもう少し早く、労働安全衛生法の存在に気が付いていれば、学校保健法のなかに教員に関する条項があることに気付いておれば、と悔やまれるばかりです。

組合は組合員の生活と権利を守るためにあります。その生活と権利の基本は生命であり、健康です。「生きていてこその生活、生きていてこその権利」です。

 御三人の御霊の前で、教職員の命と健康そして生徒の命と健康のために新田教員組合が全力を尽くすことを誓いたいと思います。

 本年度は、4名の正教員の新規採用、労働衛生法・学校保健法の普及と教職員の健康管理体制の改善、商業科の将来展望の検討開始、学級主任についての希望調査の実現、教頭公選要求と信任投票実施など、新田教育の将来に深くかかわる課題についての交渉を進め実現するなど、新田教組は学園・学校運営のいくつかの分野において実質的な影響力を行使することが出来ました。

このほど締結をみた協定の内容は7月29日付組合報でお知らせした通りで、特に教職員の健康を守る上で貴重な前進があったと思います。

 しかし、残念ながら学園とくに理事長の団交姿勢に見過ごしがたい問題が生じていることをここで率直に指摘して置かなければなりません。

 新田武治氏が、故新田長稔氏に替わって理事長に就任したのは1974年のことでしたが、就任早々既に締結済みの労使協定の内容について、締結時の事情も知らないままで協定書の文言の解釈について異論を唱え、それを押し切ったことがあります。

その協定には適用対象を「組合員」と明記してあり、その「組合員」には「組合員」である専任講師も当然含まれると、前理事長との間で合意されていました。ところが新田武治氏はこの摘要対象から専任講師を除外しようとしたのです。そのとき現理事長は「近代的労使関係を保つためには、一つ一つ文書化しておかねばならない」と発言したのでした。

 ところが、最近理事長は合意内容の文書化を出来る限り避けようとする姿勢を露骨にしています。今回の協定においても、「協定締結以前にすでに実施していることだから」とか、「細かいことを書くと格調の高い協定にならないから」とか、「学園と暴力団の間に何か大変なことがあったかのように誤解されるおそれがあるから」とかいった理由にもならない理由をあげて文章化を拒もうとしました。

13項目にわたる合意事項があるにもかかわらず、当初はなんと休職期間に関する合意一本だけの協定にしようと提案してきたほどです。

 労働組合法第14条に「労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する労働協約は、書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印することによってその効力を生ずる」とあるように、団体交渉で合意されたことについては、すべて協定書、覚書、口頭了解事項などなんらかの形で文書化されるべきであると考えます。 

 

(2)全私研・「私学を語る会」成功のための活動

 第19回全国私学夏季研究集会(松山全私研)の成功との成功のために、19.5実行委員会を結成して取り組みました。県下私学の教職員がこれほど長期にわたって共同作業に取り組んだのは1975年の私学助成運動以来のことでした。

全私研では、各分科会の受付の仕事を分担し、2,300名の参加者を結ぶ全私研速報「怒り地蔵」を三日間で19号まで発行し、地元の責務を果たすことが出来ました。新田教組からの参加者は29名でした。

 また、12月に予定していた第5回「愛媛の私学を語る父母と教職員の会」は、全私研及び四国私学教研に参加した父母の協力を得て、1月以来「私学を語る会(準備会)」が作られ、「愛媛の私学を語る父母と教職員の会」の活動を年に1度だけの集まりではなく通年的な活動の出来るものにしようという積年の課題の解決に大きく歩をすすめました。

石井地区、花園地区などでの5回にのぼる「地域私学を語る会」の実施の経験を活かして、去る7月2日、正式に「私学を語る会」が結成されました。「私学を語る会」の目的は次の4項目です。

  1. 父母や子供達が誇りをもって選び、学び、語ることのできる私学作りを目指す。
  2. 自由に学校を選ぶことが出来るようにするため、私学の父母負担の軽減と学費の公私格差の解消をめざして、公費助成の大幅増額実現に努力する。
  3. 父母や教師たち会員が平等な立場で自由に話し合い、お互いの理解と連帯を深める。
  4. さまざまな団体とも交流して、私学教育の充実・発展をを求める県民の合意をつくるために努力する。

        

 四国私学教研(3月4・5日厚生年金保養センター)では、今年初めて教員の健康問題の分科会を設け、新田教員組合の教職員の健康問題の取り組みの経験を報告しました。

9月には東雲教職員組合が結成され市内七校のうち組合のある学校が四校となりました。

松山聖陵高等学校教職員組合では3月の臨時大会で私教連結成の方針が出され、愛媛私教連結成の見通しがつきました。
なお聖陵高等学校では、ボーナス時に「よくやってるれる人に報いたい」という趣旨で、差別支給が実施されましたが、上乗せのあった組合員のほとんどはその額を組合に預け返還を委任したそうです。また、この臨時大会では夏のボーナスでまた差別があった場合は、全員が組合に預けるという決定をしました。

 私学助成、消費税問題については、陳情からでも取り組みたかったのですが、残念ながら有効な活動に取り組めませんでした。今後は市議会や県議会の日程を組合活動のスケジュールに組み込んでおく必要があります。

四 89年度の活動方針
 
労働条件・教育条件に関すること
 

(1)2号俸程度あると見られる公私の賃金格差の実態を明確にし、格差解消をめざす。

(2)88年度の労働協約の完全実施を追求しつつ、教職員の健康保持・増強のための労働環境の実現をはかる。衛藤先生・末富先生の労災適用の実現をめざす。

(3)生徒の学習環境及び衛生環境の実態調査を進め、改善を求める。

(4)特進路線を前提とした男女共学の是非についての検討し、本校の男女共学のありかたについての組合としての見解と方針をまとめ、来年度の定期大会に提起する。

(5)教頭の公選の実現を求め、公選に応じない場合は組合独自に信任投票を実施し、結果を関係者に公開する。

(6)私学共済の各種給付及び掛け金の改悪に反対する。

 
私学助成・父母との連携に関すること
 

(7)国・県・松山市に対して私学助成強化を求める。全国私教連の呼び掛ける「急減期特別助成」実現運動に協同する。

(8)「私学を語る会」の活動を進め、父母との提携を強化する。

 
組合活動の強化に関すること

(9)教育実践・教育理論についての組合学習会を実施する。

(10)遅くとも、11月の中国四国私学教研までに愛媛私教連を結成し、「私学はひとつ」のスローガンのもと、私学教職員の社会的地位の向上、私学の共通課題の解決、相互支援の活動を進める。

(11)青年教員、女性教員の要求をまとめ、青年部、婦人部の設置を検討する。青年部については、出来れば本年度内に組織化に着手する

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最終更新日 1999年8月6日(金)

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1999年3月19日以来、人目のご訪問です。